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1968(昭和43)年
新春チャンピオンシリーズ

1968年の幕開けを飾った新春レスリングウォー――1月3日の通称「隅田川決戦」は、日本プロレスとTBS国際プロレスという二大勢力が激突した、まさに時代を象徴する興行戦争だった。

日本プロレスは、蔵前国技館で開催。メインとなったのは、インターナショナル選手権試合、王者ジャイアント馬場に、クラッシャー・リソワスキーが挑むという大一番である。

 

一方、国際プロレスは、隅田川を挟んだ両国・日大講堂で開催。

TWWA世界ヘビー級王者“鉄人”ルー・テーズに、期待の若手グレート草津が挑むという一戦で日本プロレスに対抗した。

​観客動員は日本プロレスの圧勝であったが、団体同士の争いは終わらなかった。シリーズ途中で、国際プロレスと、プロモーターのグレート東郷との間に軋轢が生じ、ついには関係が決裂。

さらに東郷は、日本プロレスのトップ選手である大木金太郎の引き抜きまで画策するなど、水面下では激しい主導権争いが繰り広げられていた。

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​興行戦争では、優位に立つ日本プロレス側も波乱に見舞われる。広島大会では、アントニオ猪木が雪の影響で会場入りできず、やむなくインター・タッグ王座を返上するという異例の事態が発生。ファンにとっても忘れがたい出来事となった。

だが、その猪木にとって救いとなったのが、年末から来日していた“神様”カール・ゴッチの存在だった。コーチとして直接指導を受ける日々は、猪木のその後のレスラー人生に多大なる影響を与えることとなる。

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