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1969(昭和44)年
ダイヤモンドシリーズ
秋恒例の看板シリーズは、日本プロレスの“黄金時代”を象徴する華やかな舞台となった。
8人もの外国人レスラーが招かれ、各会場は連日満員。テレビ中継の視聴率も日本テレビ、NETともに好調を維持し、まさに業界全体が上り調子にあった。その中心にいたのは、もちろん“BI砲”――ジャイアント馬場とアントニオ猪木である。
馬場はザ・デストロイヤーを相手にインターナショナル王座を12度目の防衛。王者としての揺るぎない強さを見せつけた。


タッグ戦線でもBI砲の勢いは止まらない。
大阪ではデストロイヤー&ゴールドマン組、東京ではデストロイヤー&オースチン組を相手に、“BI砲”はインター・タッグ王座を立て続けに防衛。盤石の強さで、黄金コンビの名を不動のものとした。
アントニオ猪木は、吉村道明とのコンビでも存在感を発揮。アジア・タッグ王座を3度防衛するが、山形大会での判定を巡るトラブルから一度は王座を返上するという異例の展開に。しかし岐阜大会で見事に王座奪還を果たし、実力でその価値を証明してみせた。


さらに猪木にとって、このシリーズは大きな転機となる。
世界最高峰のタイトル、NWA世界王座への初挑戦がついに決定。加えて私生活でも人気女優の倍賞美津子との交際が進展し、公私ともに充実の時期を迎えていた。
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