top of page

1974(昭和49)年
創立2周年記念ビッグファイトシリーズ
NWF世界ヘビー級選手権――アントニオ猪木対ストロング小林。この一戦は、日本プロレス史において特別な意味を持つ“日本人同士の頂上決戦”として、空前の注目を集めた。かつての力道山対木村政彦以来とも言われる大一番に、ファンの期待は爆発。東京・蔵前国技館には入りきれない観客があふれ、数千人が会場外に押し寄せる異様な熱気に包まれた。
挑戦者・小林は、国際プロレスのエースとして名を馳せながらも、その枠に収まることなく飛び出し、“日本人最強”の座を求めて猪木に挑んだ男である。その覚悟と野心は、リング上でもひしひしと伝わってきた。
_JPG.jpg)
試合は序盤から激しい力と力のぶつかり合いとなる。猪木はあえて挑発を繰り返し、小林の闘志を極限まで引き出す。怒りと意地をむき出しにした小林の攻撃は凄まじく、観客は固唾をのんでその一挙手一投足を見守った。
だが、それこそが 猪木の描いた構図だった。相手の力を最大限に引き出した上で、それを制する――“燃える闘魂”の真骨頂である。
そして迎えた29分30秒。猪木の渾身のジャーマン・スープレックス・ホールドが完璧に決まり、勝負はついた。激闘の末の鮮やかな勝利に、場内は大歓声に包まれた。


試合後、リング上でのインタビューで猪木は言った。「こんな試合をしていたら、10年もつ選手生活が1年で終わってしまうかもしれない。でもそれが私のファンに対する義務だ」
低迷しつつあった当時のプロレス人気を一気に押し上げた、起爆剤とも言える歴史的な一戦であった。日本人同士が誇りを懸けてぶつかり合う――そのシンプルで力強い構図が、観る者の心を再び熱くさせたのである。
bottom of page