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1978(昭和53)年
闘魂シリーズ

1月にニューヨークで、WWWFジュニアヘビー級王座に就いて以来“ドラゴン旋風”を巻き起こしていた藤波。

 

猪木に代わって、 この日はメインを務め、巧みなテクニックと老獪な試合運びを誇る挑戦者チャボ・ゲレロと、期待を裏切らない歴史的名勝負を展開した。

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試合は序盤からスピード感あふれる攻防が続いたが、最大の悲劇は藤波の必殺技ドラゴンロケットの場面で起きる。突進した藤波をチャボが間一髪でかわすと、藤波はそのまま放送席の机の角へ激突。場内が騒然となるほどの大流血に見舞われたのである。

それでも藤波は闘志を失わなかった。額から血を流しながらリングへ戻り、執念のファイトを展開。チャボの技巧に苦しめられながらも、最後は意地を見せ、2-1で王座防衛を果たした。この“寝屋川決戦”は、「ジュニアヘビー級王者」藤波辰巳の名を不動のものにした伝説の一戦として、今なお語り継がれている。

そして、この試合にはもうひとつ有名なエピソードが残されている。激闘後、負傷した藤波は病院へ搬送される。その病室を訪れた女性こそ、後に妻となる伽織夫人であった。

もし藤波があの流血を負っていなければ、二人が出会うこともなかったかもしれない。壮絶なタイトルマッチの裏側で、一生を共にする“愛の物語”が始まっていたのである。

また、この大会では意外な苦労話も残る。会場最寄り駅は「寝屋川市駅」ではなく隣の「萱島駅」だったため、道に迷うファンが続出。当時はスマートフォンもナビも存在しない時代であり、多くの観客が駅周辺を右往左往しながら会場へ向かったという。そんな昭和らしい空気もまた、この伝説の一戦をより味わい深いものにしている。

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