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1985(昭和60)年
チャレンジスピリット
1985年9月、新日本プロレスの秋のシリーズ「チャレンジスピリット」は、ひとつの“仕掛け”によってファンの視線を一身に集めた。
突如現れた巨大覆面レスラー、ジャイアント・マシン――その正体は一目瞭然、世界的スーパースター“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントだった。
身長223センチ、200キロ超の巨体が無機質な銀色マスクに覆われる異様な姿は、既存のイメージを覆し、シリーズ最大の話題となる。
しかもこの変身は当初の計画ではなく、来日後に急遽決まったもの。もし最初から“マシン”名義で告知されていれば、当時の興行戦略を象徴する資料として、さらに特別な意味を持っていただろう。

その一方で、シリーズ終盤に向けてもう一つの軸が静かに熱を帯びていく。9月19日、東京体育館――ファンの一部には“マシン対猪木”への期待もあったが、メインに据えられたのは、新日本の核心とも言える師弟対決だった。アントニオ猪木と愛弟子藤波辰巳が、シングルで相まみえる。
試合は一進一退、意地と意地がぶつかり合う緊張の連続。35分に及ぶ攻防の末、最後は猪木が代名詞・卍固めを完璧に極め、若きエースの挑戦を退ける。世代交代の気配を感じさせながらも、なお越えられない“壁”としての存在感を示した勝利だった。
さらに特筆すべきは、この一戦のレフェリーを務めたのが“鉄人”ルー・テーズであったことだ。伝説的レスラーが裁く中で繰り広げられた師弟対決は、1980年代新日本プロレスを象徴する名勝負の一つである。
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