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1986(昭和61)年
IWGPチャンピオンシリーズ
6月17日の愛知県体育館で、猪木はついに、“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアントからギブアップ勝ちを奪取。怪物アンドレが屈した衝撃は日本中を駆け巡った。
さらに19日には、IWGP決勝戦で“狂犬”ディック・マードックを破り優勝。立て続けの大勝利により、猪木は勢いづいていた。
そして迎えた京都大会。この大会は、まさにその激闘の“追撃戦”とも呼べる興行であった。

この日は「佐川急便杯」と銘打たれた賞金トーナメントが開催される。勝ち進めば一日で最大4試合を戦わなければならないという過酷なルールである。そして試合はすべてシングルマッチ。レスラーにかかる体力的負担は想像を絶するものだった。
年齢による体力的な衰えがささやかれていた猪木ではあったが、次々と強豪を撃破していく。盟友でありライバルでもある坂口征二、ラフ殺法を得意とするが技巧派でもあるディック・マードック、さらに“流血仮面”マスクド・スーパースター。一筋縄ではいかない難敵と連戦を重ねながら、猪木はなんとか決勝戦まで勝ち上がった。
しかし、さすがの猪木にも限界は訪れる。4試合目、決勝で待っていたのは、数日前にギブアップを奪ったばかりのアンドレ・ザ・ジャイアントだった。
疲労の蓄積は明らかだった。それでも猪木は闘志を失わず巨人へ立ち向かう。しかし最後はアンドレの圧倒的な体格とパワーの前に力尽き、無念のリングアウト負け。優勝したアンドレは、マネージャーの若松市政と共にリング上で高笑いを響かせた。
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