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1990(平成2)年
スーパー・ファイト IN 闘強導夢

前年に続く2度目の東京ドーム大会は、プロレス界の“ドーム時代”到来を象徴する歴史的興行となった。

チケットは最高額5万円の席まで売り切れ、会場周辺では高額転売も相次ぐなど、新日本人気の凄まじさを見せつけた。

大会直前、来日予定だったWCW勢の参戦が頓挫。窮地に立たされた坂口征二は、ライバル団体・全日本プロレスのジャイアント馬場へ協力を要請する。これにより、ジャンボ鶴田や天龍源一郎ら全日本の主力勢が参戦。長年対立してきた新日本と全日本による“夢の共演”が実現し、当時は「プロレス界のベルリンの壁崩壊」とまで呼ばれた。

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中でも注目を集めたのが、IWGPヘビー級王者ビッグバン・ベイダー対スタン・ハンセンの一戦である。両団体最強外国人同士による激突は、ドームを揺るがす壮絶な肉弾戦となり、両者リングアウトという結末ながら、観衆に強烈なインパクトを残した。

また、元横綱・北尾光司のプロレスデビュー戦も大きな話題を呼んだ。対戦相手はクラッシャー・バンバン・ビガロ。北尾は勝利したものの、試合内容には厳しいブーイングも飛び交い、華やかな演出とのギャップが浮き彫りとなった。

そしてメインイベントでは、政界進出で一時リングを離れていたアントニオ猪木が復帰。坂口征二との黄金コンビで、橋本真也&蝶野正洋組と対戦した。試合前、「負けたらどうする?」との問いに猪木が返した「やる前から負けること考える馬鹿いるかよ!」の一言は、後に伝説の猪木語録として語り継がれる。試合は猪木が橋本を延髄斬りから仕留め勝利。さらにリング上で披露した「1、2、3、ダー!」は、その後の猪木の代名詞となった。

なお、この大会のポスターは対抗戦決定前に制作されたため、全日本勢の名前は掲載されていない。
また、2種類のポスターのうち、一つは、レスラーと数百人のファン写真で構成されている。その中には今回の「アントニオ猪木展 」展示協力者である伝昭プロジェクト・マネージャー藤井氏の姿も、アントニオ猪木の近くに確認できる。

さらに翌2月11日、同じ東京ドームでは世界ヘビー級王者マイク・タイソンがジェームス・“バスター”・ダグラスに敗れるという、ボクシング史上最大級の番狂わせが発生。

 

こうして1990年2月の東京ドームは、プロレス界とボクシング界、双方の歴史的事件が刻まれた特別な舞台となったのである。

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