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'89 格闘衛星日米ソ三国対抗戦シリーズ
京都府立体育館

アントニオ猪木は東京ドーム初大会で異種格闘技戦に敗北。その後の三国対抗戦シリーズには本格参戦せず、京都大会ではタッグ戦に出場。5日後の大阪での再戦を控え、連敗が許されない状況にあった。この時期を境に、猪木の政界進出も動き始めた。

このシリーズ開幕の1か月前、日本プロレス史上初となる東京ドーム大会(4月24日)が開催された。ドーム初興行は平成元年に実現したものであり、昭和時代にはドーム興行という発想自体が存在しなかったといえる。

 

その記念すべき大会の目玉は、日米ソ三国対抗戦を軸としつつ、アントニオ猪木が円形リングでショータ・チョチョシビリと行った異種格闘技戦であった。しかし猪木はこの一戦で完敗を喫する。

 

続いて始まった三国対抗戦シリーズにおいて、猪木は対抗戦には出場せず、この日の京都大会でもセミファイナルで飯塚孝之と組み、ヒロ斉藤&ストロング・マシーン組と対戦している。

なお、猪木は平成時代に京都大会に唯一参戦した大会であった。

 

なお猪木は、5日後の大阪城ホール大会でチョチョシビリとの再戦を控えており、2連敗は許されない状況にあった。そして、この時期を境に猪木の政界進出も動き始めることとなる。

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