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登録日: 2024年10月16日

記事 (50)

2025年12月17日8
昭和最後の最強タッグ
"降る雪や明治も遠くなりにけり"という句が詠まれたのは昭和六年(1931年)の1月。明治最後の年が45年(1912年)なので、その時点で約二十年経っていたことになる。ざっとふた昔なので、間に短い大正を挟み、明治の輪郭も霞がかってきた頃だったのだろう。 その伝でいけば、昭和は64年(1989年)の初頭まで続いたので、もう37年経ったことになる。 つい最近まで割と身近なところにあった気がしていたが、いつの間にかすっかり朧げになってしまっていた。 本ブログの趣旨が昭和プロレス、更に年末ということで、今回は昭和最後の開催となった、88年の世界最強タッグを振り返ってみたい、 前年の87年には、新日から数年ぶりにカムバックしたブッチャーとブロディを加えた全12チームが参加、新旧の役者が揃った豪華版かつ、ハンセンとブロディが別々のチームとして争うなど、今後の展開が楽しみになる大会だった。顔ぶれだけで言えば、最強タッグ史上最高のメンバーだったかもしれない。 しかし僅か一年後の88年、様相は一変していた。 プエルトリコで命を落としたブロディ、オープンタッグ以来の看板だったファンクス、そして優勝候補...

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2025年12月5日11
爆弾小僧の光と影(後編)
前回は、キッドが故郷イギリスから移り住んだカルガリーを足がかりに、日本での地盤を確固たるものにするまでを振り返った。 今回はレスラー人生の後半生、絶頂から転落までを含む、波乱の軌跡について見ていきたい。 藤波という好敵手を得た僅か一年後、キッドの前に生涯最高の新しい恋人が出現した。言うまでもなく、初代タイガーマスク・佐山サトルである。 1981年4月から83年にかけて、約二年ほどの短いライバル関係であったが、二人がリングの上に散らした閃光は鮮やかな残像となって、今も多くのファンの脳裏に焼き付いているのではないか。 この時期、キッドと初代タイガーが築いた土台の上に、90年代の新日スーパージュニア戦線が確立され、更にはWWF(WWE)、WCWにおける、エディ・ゲレロ、クリス・ベンワー、レイ・ミステリオ・ジュニア、ウルティモ・ドラゴンら軽量級レスラー達の黄金時代が導かれたと言っても大げさではないだろう。   1982年8月MSGのリングでお披露目された鉄板の一戦。ショートタイツ姿で登場したキッドはタイガーの変幻自在の動きに見事に対応。最後はラウンディング式ボディプレスに敗れるも、大観衆...

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2025年11月25日10
爆弾小僧の光と影
来月師走を迎えると、ダイナマイト・キッドの没後七年になる。今回は昭和プロレスを振り返るにあたり外せない主役の一人である爆弾小僧の記憶を、思いつくままに記してみたい。 ふと頭に浮かんだのが、平成の世も数年過ぎた頃 当時の全日マットの企画「オルディーズ・バット グッディーズ」に二回目の参加を果たしたドン・レオ・ジョナサンの腰を、確か日本武道館の控室でキッドがマッサージするシーン。長旅の疲れを癒してもらったジョナサンは笑顔で「やっぱりウィガン(蛇の穴)出身者は違うねえ」とキッドの労をねぎらい、礼を言う。*1)  イギリス・ウィガン近郊の町ゴルボーンで生まれ育ったキッドだが、ジョナサンが言ったような、いわゆる"蛇の穴"(ビリー・ライレー・ジム)の卒業生ではない。   十代の初めころのキッド(トミー・ビリントン)は、父親から手ほどきされたボクシングと学校の正科のラグビーに打ち込んでいたが、ひょんなことから近くに住むテッド・ベトレーなる人物からレスリングを習うようになる。 キッドの父親(ビリー・ビリントン)は、炭鉱で働いたりボクサーとして試合に出場したり、大工仕事を請け負ったりと様々な職業を...

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