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Toshiyuki Fujii
執筆者
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プロフィール
登録日: 2024年10月8日
記事 (21)
2025年12月14日 ∙ 10 分
近くて遠かった!!アントニオ猪木とハーリー・レイス
これまで対戦が話題になった事は何度かあったが、日本のリングで不思議とシングル戦で相まみえることがなかったアントニオ猪木とハーリー・レイス。 キャリアと実績を積み上げた二人が対戦していればどんな試合になったかは遂に永遠の夢物語となってしまった今、若獅子と美獣と呼ばれた時代には、タッグ戦や6人タッグで対戦していた記録とその当時二人の対決をテレビでみていた私の印象を語ってゆこうと思う。今、思い起こせば本当に貴重な対戦を見れていたものだと感謝するしかない。 海外武者修行中のアントニオ猪木は1964年、最初のアメリカでのサーキット・コースであるミズリー州カンザスシティにおいて2カ月弱の滞在期間において、若きハーリー・レイスと抗争を繰り広げていた記録が残っている。初遭遇(1964年4月30日:カンザスシティ)においては、30分の時間切れ引き分けという熱戦をおこなっている。 その後、アントニオ猪木は凱旋帰国するのだが、日本プロレスでは無く東京プロレスのエースとして活躍したりして少し遠回りはしたが、1967年日本プロレスに復帰しBI砲(ジャイアント馬場&アントニオ猪木)と活躍していた。...
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2025年11月16日 ∙ 7 分
松並修と伊藤薫の同級生タッグが発進!!
☆前列左からCHICHI, Sareee, 松並コーチ、YuuRi,叶ミク、後列左より今野結菜(練習生)、伊藤薫道場主、志真うた(道場生)の精鋭陣 現在、女子プロレス界で大活躍する“太陽神”Sareee、堀田祐美子主宰のT-HEARTS所属の叶 ミク、現在二人はミク選手の希望でスターダムで開催されている第15回ゴッデス・オブ・スターダム~タッグリーグ戦に参戦し優勝を目指している。そしてプロレスリングEvolution所属の“闘うバービー人形”CHICHI、ガンバレ☆プロレス所属のYuuRi、らの現役バリバリの選手たちが、さらなるレベルアップ、技術アップを自ら望み、伊藤道場・道場主である伊藤薫が企画、実施するイギリス伝統のCACC「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・レスリング」の講習会こぞって参加しそのスキルを磨いている。 伊藤道場での松並コーチによるCACCの講習 コーチとして「ライレージム京都」の松並修を京都からわざわざ呼び、今では2ヵ月に一度の講習会を開いている。 松並コーチは1993年より日本とイギリスを往復し、イギリスのランカシャー地方伝統のキャッチレスリングを計2年半現...
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2025年10月24日 ∙ 10 分
待ち続けた夢の対決!!猪木対ニック戦、その点と線 (秘蔵写真綴るNWAタッグリーグ戦大阪大会:昭和45年10月29日)
猪木とニックの夢の対決 ”燃える闘魂”と呼ばれるようになったアントニオ猪木と闘って欲しいレスラーの上位に必ず上がってくるレスラーの一人が“金髪狼”ニック・ボックウィンクル選手であった。 名レスラーであるウォーレン・ボックウィンクルの息子で、少年時代から父のレスリング英才教育を受け、16歳でプロレス入り、そのデビュー戦の相手が全盛時のルー・テーズであった事は有名。当初はハワイとカリフォルニア地区を主戦場にしていたが、1970年にAWA圏に転出し、1972年1月20日にレイ・スチーブンスと組みクラッシャー・リソワスキー&レッド・バスチエン組を破りAWA世界タッグ王者となる、その後、1975年11月8日ミネソタ州セントポールでAWAの帝王バーン・ガニアを破り第28代AWA世界チャンピオンになる。 大阪での控室でのダンデイなニック (撮影:昭和45年11月29日) ちょうどこの時期、アントニオ猪木はプロレスファン夢の対決であった“人間風車”ことビル・ロビンソンと初対決、1対1から時間切れ引き分けでNWF世界王座を防衛する。この試合は今でも昭和プロレスファンの語り草になるぐらいの名勝負で...
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