インドの狂虎!!令和の時代に大暴れ

令和8年10月19日、あのタイガー・ジェット・シン(タイガー・ジェット・シン財団会長)がインドの衣装で正装され息子のタイガー・ジュニアそしてお孫さんのSajjanを帯同し外務省を訪問し、大空幸星外務大臣政務官を表敬訪問した。有難くその素晴らしい席に同行させて頂く幸運に恵まれた。10時40分から約30分間、緊張と和やかさが入り混じった中で大空外務政務官はシンが令和6年春の叙勲で旭日双光章を受章したことを改めて祝意しました。又、同氏が東日本大震災の際に被災児童の為の支援活動や、今回の訪日でも日本の支援の為寄付を表明した事など長年の社会貢献・親日活動に感謝の意を伝えられた。

振り返れば、我々伝昭プロジェクトにおいても令和6年春に京都ホホホ座においてタイガー・ジェット・シン展を開催しシン財団法人に寄付させてもらった記憶が蘇る。
その時もタイガー・ジェット・シンさんは私たちに受賞の喜びと京都のプロレスファンに対し素敵なメッセージをお送りくださった。
その後、シン氏からは、カナダで自身が運営する財団の社会福祉活動や慈善事業についての報告が行われました。
最後にシン氏は大空外務政務官に自らの象徴であるサーベルにサインして寄贈・贈呈され、話題を呼びました。


しかし、その前日「工藤めぐみ40周年記念大会邪道姫伝説」会場:東京・国立代々木競技場 第二体育館において藤波辰爾&船木誠勝対越中詩郎&長井満也戦の特別立会人として出場。
多くの昭和プロレスファンは今や遅しと、その登場を待ちました。館内にサーベル・タイガーの入場テーマ曲が流れると最高の間を置き、”インドの狂虎”タイガー・ジェット・シン3世代が同時に姿を表すやトレードマークのサーベルを振り回し会場で大暴れ。観客の男性に接触して軽症を負わせるハプニングが発生!!その後も大立ち回りをして試合をしている4人の選手より目立つ活躍を行い大きなインパクトを残し疾風のごとくリングを後にした。
シンに退場とともにシンを載せてきた車を止めている駐車場に戻ると、その横に救急車が待機しており事の重大さを改めて確認。

実際、ちょうど私の前の観客が負傷しており若手女子レスラーが傷口を冷やす氷嚢を慌てて持ってきたりしていたが、思った以上に傷口が広がり流血したようだ。

翌日、工藤GMは「怪我をさせてしまた事は本当に申し訳ない」と真摯に観客に謝罪。ただシン氏は「逃げなく自分の前にいたのが悪い」と昭和さながらの”狂虎”としての見解を発し、日本国中に話題を発信した。まさに1973年11月5日、東京新宿・伊勢丹襲撃事件の再来である。その後、その怪我を負った男性はSareeeのファンでありメインを楽しみ来ていた事が発覚し、IGFのサイモン・ケリーさんが次回に大会の特別リングサイド席をお渡しする事などで円満解決した。
今回の14年ぶりの日本来日を振り返る。

10月15日(木)来日において、成田国際空港に車でお迎えしに行き、新宿のホテルまでお送りしたシンは旅の疲れも無く大いに14年ぶりの日本を懐かしくそして嬉しそうにホテルのソファに座り語る。
その夜は、マッサージを部屋に呼び早めの睡眠をとられた。
翌16日(金)は朝からIGFの仕切りで、AM11時にアントニオ猪木が眠る横浜鶴見区の總持寺へ参拝。その後、多くのマスコミが待つ中、息子のタイガー・ジュニアと共に囲い取材に応じられた。

やはり、アントニオ猪木はタイガーにとって特別な存在であるのがひしひしと伝わる。
その後、車であの新宿・伊勢丹百貨店前でSareeeと記念撮影してホテルへ戻る。
その後も,一旦休憩した後、前日記者会見に臨み夜からは主催会者の社長との会食。
かなりお疲れのようである。我々はイベントとイベントの隙間を利用してSajjanを引き連れゴジラストアーでお買いもの。

そして17日の大会当日は午前にハードコア・チョコレートの社長と談笑。その後体調整え大会会場へ、ホテルに戻りルームサービスで食事後、睡眠。我々はシンJrとSajjanを引き連れ東京タワー見物から目黒のリベラで食事を行いホテルへ戻る。すでに0時を過ぎていた。



18日(日)は朝からシン氏の昔の友人が多く訪問、その時間調整にJrと連絡取り合いながらの面談に私は四苦八苦。その後はイベント会場でのミニ・トークと撮影会をこなし一旦ホテルへ帰還。

この来日直前に、シンJrからお父さんの旧友である坂田敬子さんを探して欲しい旨のメールをいただき、彼女の昔の電話番号に電話したり、かつて吉永小百合さんやあおい輝彦さんのマネージャーもされていたと聞きその事務所にも電話、又黎明期に新日本プロレスで活躍されていた事務方の人々、Xなどを利用して捜索したが見つからず半ば諦めてはいた。ところがアントニオ猪木さんのお墓参りにおいてマスコミの囲い取材の折、このことを報道して探して欲しい旨を皆さんにお願いすると、一人のマスコミの方が知っている人がいてるとの事が判明し、あっという間にIGFのお力をお借りしてシンと坂田敬子さんの再会食事会が実現!かと思ったがシンのお疲れ度が厳しく敢えて息子のシンjrとSajjanが代わりにご対面となる。
これもお墓に眠られるアントニオ猪木がシンのかつての夢を実現させてくれたのではなかろうか!?

そして19日(月)大空幸星外務大臣と面会後、浅草のシン氏のご親戚のクラール氏の経営するインド料理店で食事し成田空港からトロント行きへの飛行機に搭乗された。

短かかったが、素晴らしいインパクトを残された日本滞在であり、昭和プロレスファンにとっては最高のプレゼントになったであろう。





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