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昭和プロレス懐古 & 現代プロレスの原点ランカシャー・レスリング
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ほぼ
週刊 昭和プロレス
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伝昭プロジェクト
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新・ライレージムへの道 3「小さな一歩から13年――聖地での大会」
前日のキッズ大会の熱気がまだ残るなか、翌日はシニアの大会。 実は会場は、教会なのです。日曜日には礼拝が行われるため、金曜と土曜に大会が開催された。 大会バナーにはライレージム京都・松並の写真も 2012年、私も参加したキャッチ・レスリング復活大会は、フリースタイルの大会の一角を借りて行われた。いわばキャッチ・レスリング復活のためのデモンストレーション的なものでした。当時は、純粋なキャッチの選手もまだ少なく、私は同門のグレッグと対戦した。 2012年の復活大会 あれから13年が経った大会の光景は、当時とはまったく違っていた。 規模は拡大し、イギリス国内だけでなく、海外からも多くの選手が集結。オリンピック選手、そしてジョシュ・バーネット氏率いるアメリカ勢。 これほどまで大きな大会へと成長していることに感動しました。 私のもとで長年レスリングを続けている中嶋選手は、68kg級に出場。 初戦は、相手が差してきたところ、カウンターのクロスボトク(腰投げ)で見事に投げ、ピンフォール勝ちを収めました。2回戦では惜しくも敗退でしたが、最後まで粘りを見せ誇らしい戦

Riley's Gym Kyoto
2 日前読了時間: 3分


7月19日トークイベント★12.11興行戦争とは何だったのか? 追記号
1974年12月11日/蔵前国技館 今でも昭和プロレスファンが語り継ぐ名勝負★アントニオ猪木対ビル・ロビンソン 酷暑の中、京都ホホホ座でのトーク・イベント12.11興行戦争とはなんだったのか?~全日・国際連合「力道山十三回忌追善」対新日本「アントニオ猪木対ビル・ロビンソン」 ~にご参加頂き本当に有り難うございました。おかげさまでフルハウス30名になりイベントを大いに盛り上げてくださりました事、感謝申しあげます。 ただ、館内のクーラーが熱気に追いつかず、かっての旧大阪府立体育会館状態になり皆様に不快な状況でのイベントになりました事をお詫びします。 今後、イベント開催の季節を選ぶか大阪に進出するかなどを検討してゆきたいと思います。 今後ともどうぞ宜しくお願いします。 ライレージム京都松並代表&藤井敏之 今回のイベントで1975年末、とういう中での興行戦争は観客動員では引き分け、インパクトとういう面では花相撲的な力道山十三回忌興行に対しアントニオ猪木がロビンソンとの闘いを力道山先生への供養だと発した通り、この試合は今でも昭和プロレスファンの胸に熱く思い
Toshiyuki Fujii
7月28日読了時間: 5分


大阪初のスープレックス講座(蛇の穴出身★ビル・ロビンソンからの継承)
大阪 泉佐野市の総合ジムVICKYにおいてオーナーの武石大嗣氏とライレー・ジム京都の松並修氏が強力して6月28日(日曜日)に大阪初開催となるスープレックス講座が開催された。 ここで武石氏の経歴を紹介すると、柔術歴は20年、ブラジリアン柔術の黒帯。レスリングは北海道旭川で習得。柔道2段、1989年にはミスター東京ボデイビルクラス別大会5位入賞というまさに格闘技人生を歩んで来られた。かっては総合格闘技PRIDEで活躍した小美川道大先生に学び、現在もミュンヘン五輪金メダリスト野村豊和先生の元で修行中である。 定年後はセコンドライフを楽しむシニアの方々や母親と子供が一緒に楽しめる新しいエクスサイズを提供したいと泉佐野にこの道場を開設された。 白いレスリングマット、トレーニング機材、そして筋トレマシーンも最新式が充実している。 又、真言宗僧侶でありながらブラジリアン柔術、柔道、そして極真空手の黒帯を巻かれる高橋仙樹氏、ブラジリアン柔術歴15年の萩原ガブリエル氏、海外で総合格闘技を経験された西本祐也氏他インストラクターも充実、さらに奥様がジュラシック筋膜リリ
Toshiyuki Fujii
6月29日読了時間: 3分


新・ライレージムへの道 2「10年ぶりの聖地」
“聖地” The Snake Pit Wigan 2025年10月、私は10年ぶりにイギリス・ウィガンの地を訪れた。 前回訪れたのは2015年。世界的なパンデミック、そして個人的な事情も重なり、長い間この地から遠ざかっていた。 1993年に初めてウィガンを訪れて以来、これほどの長期間足が遠のいたことはなかった。 今回の訪問は、スネークピット・キャッチ・レスリング世界大会の開催時期に合わせたものだった。長年ライレージム京都で練習をしており、ライト級で出場する中嶋選手のお陰で、私はセコンドとして同行することになった。 彼は現在、「皇子山MMA」を運営する現役MMAファイターである。約10年にわたり私のもとでレスリングを学び、昨年の大会ではフェザー級で見事3位に入賞した。今年はさらなる高みを目指しての再挑戦である。 しかし、私にとって今回の旅の大きな目的はもう一つあった。 それは、ロイ・ウッド先生に会うこと。 マンチェスター空港から列車に揺られ、懐かしいウィガン駅に降り立つ。ホームで迎えてくれた先生は82歳になっていた。 10年という歳月を感じさせる変

Riley's Gym Kyoto
6月12日読了時間: 4分


ついに京都上陸!「燃える闘魂 アントニオ猪木展」開催中!
ついに「アントニオ猪木展」が京都にやって来た――! 1997年にジェイアール京都伊勢丹が開業するまで、関西人にとって「伊勢丹」という名前は、決して身近なものではなかった。 しかし、昭和プロレスファンにとって“伊勢丹”と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、やはり「新宿伊勢丹前襲撃事件」ではないだろうか。 そんな因縁深き“伊勢丹”で現在開催されているのが、「燃える闘魂 アントニオ猪木展」。 会期もいよいよ後半戦に突入し、残すところあと一週間となった。 まだ来場されていない方はぜひお急ぎを。そして、すでに足を運ばれた方も、閉幕までにもう一度! 京都開催ということで、京都が誇る名所のプロレス美術館、そして伝昭プロジェクト藤井氏による秘蔵コレクションが大集結。 特に圧巻なのが、約50枚にも及ぶ貴重なポスター展示です。日本プロレス時代、新日本プロレス創成期の超貴重ポスターが並び、まさに“昭和プロレス史”そのもの。 さらに、ポスターにはQRコードが設置されており、スマートフォンで読み込めば、時代背景や試合内容、秘話などの詳細解説を楽しむことができる。ポスターを眺めな

Riley's Gym Kyoto
5月19日読了時間: 3分


「新・ライレージムへの道 」1はじめました
「ランカシャー・レスリング/キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」、「蛇の穴ビリー・ライレー・ジム」 昭和40〜50年代、日本が“プロレス黄金時代”と呼ばれていた頃、プロレス中継や専門誌で頻繁に語られていた言葉である。 昭和44年に放送が始まったアニメ『タイガーマスク』に登場するレスラー養成機関「虎の穴」も、この“蛇の穴”がモデルになったと言われている。 アニメ「タイガーマスク」の虎の穴 それは、このジムの出身であり“プロレスの神様”と呼ばれたカール・ゴッチ の存在にある。 ゴッチは、アントニオ猪木を筆頭に、藤原喜明、佐山聡、前田日明、高田延彦、船木誠勝 らに“蛇の穴”の技術を伝えた人物である。 そのことが、モハメド・アリ戦などの、猪木の異種格闘技戦、シューティング(現・修斗)とパンクラス、日本における総合格闘技(MMA)誕生にも大きな影響を与えた。 道場で猪木を指導するゴッチ また、ゴッチの弟弟子で“人間風車”の異名を持つ ビル・ロビンソン は、昭和43年に初来日。 当時の日本のプロレスファンが見たこともない“蛇の穴”の華麗なテクニックを披露し、多

Riley's Gym Kyoto
5月11日読了時間: 4分


世紀の一戦の真実なる証言を聞き逃すな‼
それぞれの1976年6月26日があった。 武道館で生観戦した者、営業中に電気屋のテレビで見た者、会社や学校を休んで見た者、教室で先生とみんなで見た者、家族一緒に見た者、仕事でどうしても見れなかった者、まだ幼くてよく解らなかった者他、ただその日は日本の英雄アントニオ猪木がプロボクシング世界王者でありアメリカの自由と平和を愛するアメリカの象徴、アメリカンヒーローであるモハメド・アリが戦う日であり朝から興奮していたのは間違いない。 各々が頭の中で描く試合展開を、実際リング上で展開されるであろう試合を比較しながら格闘ロマンに酔いしれようとしていた。 しかし15Rが終了した時点でほとんどの人は落胆し試合に対して誹謗中傷したのが現実であった。 一般市民は当然の気持ちであり、コアなプロレスファンすら同年2月に始めて日本のリングで行われた格闘技世界一決定戦・アントニオ猪木対ウイリエム・ルスカのプロレス対柔道の試合が予想以上にスイングした試合だったので、それ以上の期待を込めていたゆえの落胆だったかもしれない。 この最大の原因はテレビ放送前にこの試合におけるルール
Toshiyuki Fujii
5月2日読了時間: 3分


闘魂語り部塾大阪☆舟橋慶一が語る”猪木アリ戦の真実☆
☆「闘魂語り部塾大阪」Talkで綴る猪木アリ戦の真実 【猪木アリ戦50周年記念特別講演会・大阪】 ▼猪木アリ戦の徹底分析TalkEvent▲ 【伝承の会・闘魂語り部塾大阪】 日時:2026年5月17日(日)10:15~16:45 会場:大阪市淀川区西中島7-12-5日宝北2号館801号室(新大阪駅徒歩3分) 会費:8,500円(ご応募定員38名様) ご応募御礼。 残席若干名様となりました! ~猪木アリ戦の実現までのプロセスと闘いの後の苦悩の日々は壮大な大河ドラマである~ いま、その過程と真実が明らかに!TalkとPowerpointで綴る5時間半の集中講座! 世紀の一戦・猪木アリ戦を語りつくす。 水面下で進んだ猪木アリ戦の実現への道のり ”猪木アリ戦の知られざる真実”を深掘りする 明確なRuleが存在しなかった猪木アリ戦 これを知らずして猪木アリ戦は語れない 舟橋が放送側から体験した事実を語る 受付:日宝北2号館805号室(禁煙) 09:45~10:15 講座:日宝北2号館801号室(禁煙) 10:15~16:45 ◇午前の部 10:15~12:
Toshiyuki Fujii
4月19日読了時間: 2分


“太陽神”Sareeeデビュー15周年☆横浜結晶!!
“太陽神”Sareeeデビュー15周年記念試合のリングに立つ 現在の女子プロレス界においてストロングプロレスを貫く4人が同じリングに立ち、タッグマッチで雌雄を決した!! 間違いなく、熱い感動と涙が渦巻いた素晴らしい横浜決戦であった。 ライレージム京都の松並コーチと伊藤道場の伊藤薫道場長は小学生、中学生からの同級生で今でも良き関係性を保つ仲ゆえ、関西で試合がある時は、伊藤薫を師匠と慕うSareeeや、弟子たちにキャッチレスリングを学ばせようと、山科にあるライレージム京都を訪れ汗を流してゆく。さらに伊藤薫道場長は松並コーチを定期的に伊藤道場へ呼び、道場生達にレスリングを学ばせる努力もされている。 Sareeeがデビュー15周年を迎えるにあたり3月22日(日)横浜武道館で記念興行を行うとのことで,松並コーチと伝昭プロジェクトの藤井がお祝いと取材を兼ねて横浜へ足を伸ばした。 今回はSareeeの10回目の自主興行はデビュー15周年(2011年4月17日、対里村明衣子戦で敗退)の記念イベントSareeeISM ChapterX 太陽神 Chronicl
Toshiyuki Fujii
3月23日読了時間: 4分


山科の畑で子供達がレスリングを楽しみ夢中になった日(2026年3月7日)
ライレージム京都の精鋭陣 梅も咲き春の足音も聞こえ始めた、まだ少し寒さも残る3月7日、EnjoyFarm TRY(京都市山科区西野様子見町63-1の会場において、ライレージム京都の松並修コーチが、山科の恒例行事となった町興し、「畑で遊ぶDAY」に地元の子供達にレスリングの楽しさを伝える為に参加した。 電気もない時代、レスリングの試合は週末に屋外で行われていました。ヴィクトリア時代の英国ランカシャー地方のレスリング、「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」を当時の雰囲気で体験してみましょう!という企画は年々、地元の子供達にも好評で、今年も多くの参加があった。13時からスタートした一般練習&試合は寒さを吹っ飛ばすほどの熱い試合が展開され、試合の合間には松並コーチの各個人へのアドバイスや複雑なキャッチレスリング特有の締め技などが目の前で披露され、その技を会得しようと練習生たちの熱い眼差しが松並コーチに注がれると共に直ぐにでも会得したいとの前向きな姿勢に感銘する。その後も時間が許される限り練習生同士の試合がさらに熱を帯び展開され、会場に来られていた観衆の熱い
Toshiyuki Fujii
3月9日読了時間: 2分


山科で甦る!レスリングの原風景
1800年代中期から1900年代初期。炭鉱業で栄えたイギリス・ランカシャー地方。 そこは、現代プロレスやオリンピックレスリングの源流であるランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリングの最盛期でもありました。 電気もない時代、荒々しい炭鉱夫たちの娯楽は、屋外でのレスリングとラグビー。そして子どもたちもまた、野原で取っ組み合いをして遊んでいました。 レスリングは一番のプロスポーツでした。 3月7日、山科の農園「Enjoy farm TRY」さんで開催される「畑で遊ぶday!」は、そんな原風景を思わせる一日です。 昨年、一昨年と開催し、いずれも大盛況。ほんの百数十年前までは当たり前だった屋外レスリングは、現代ではむしろ新鮮です。 広大な空間で競い合う迫力と臨場感 マットの上とは違う、自然の中での攻防 しかし、この日の真の主役は子どもたちです。 青空の下、土の匂いを感じながら組み合い、その横ではタグラグビーに挑戦する姿も。 それはまさに、ヴィクトリア時代ランカシャーの再現。 レスリングが子供たちの遊びに タグラグビーで全力疾走...

Riley's Gym Kyoto
2月23日読了時間: 2分


アントニオ猪木全国区デビュー夜明け前
馬場と猪木の熾烈なライバル心が燃え上がる 日本全国のプロレスファンにアントニオ猪木とういう名前が一気に浸透したのは果たしていつなのか? その長いプロレスリングヒストリーの中で模索し続けてきた。私が小学校の3年生の頃(昭和41年頃)、近くにある住吉公園で遊んでいる頃、上級生の6年生が砂場でプロレスごっこをしているのをみていたのだが、鮮明に彼らはジャイアント馬場の物まねをしている姿が印象に残っている。 ジャイアント馬場黄金時代の雄姿(昭和43年12月3日撮影) そう当時はアントニオ猪木の物まねをしている人はいなかった。 国民は、日本プロレスのテレビ放映においてはジャイアント馬場がエースとして外人の強豪達を倒す場面に一喜一憂しており、その頃の猪木はテレビ放映も付いていない東京プロレスで悪戦苦闘していた時代である。 アントニオ猪木は力道山にブラジルでスカウトされ、力道山道場3羽鳥(ジャイアント馬場、アントニオ猪木、大木金太郎)として育つが、力道山亡きあと直ぐにアメリカに行き精神・肉体共に鍛えられる。そして凱旋帰国するはずであったが、ハワイで新団体を目論む
Toshiyuki Fujii
1月24日読了時間: 9分
お問い合わせ先
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Eメール: doryfunkjr69@gmail.com
事務局
TEL: (075)285-2403 (WWPクラブ)
〒607-8341 京都市山科区西野今屋敷町27-6
Eメール: rilygymkyoto@gmail.com
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