超新星🌟の岐路

昭和のプロレスをテーマに、約一年前から私的な思い入れを綴ってきたが、一応年内を目処に全50回で完結したいと思っている。この機会に、まだ登場していないレスラー、試合、事件などについて改めて振り返った結果、ボブ・バックランドのことが頭に浮かんできた。今回は日米における超新星伝説について振り返ってみたい。

1949年生まれのバックランドは、スタン・ハンセン、リック・フレアーと同い年だが、1983年暮れ6年近く保持していたWWF王座から転落して以降目立った活躍がないまま、やがて静かにマット界からフェイドアウトした。そのためかハンセン、フレアーに比べるとレジェンド感は少ないが、全盛期の充実ぶりは際立っている。

バックランドのデビュー戦は、1973年10月22日　ルイジアナ州シュリブポートで行われたロン・スターとの一戦。当初は毎日試合が組まれず、車の中で寝起きする生活だったが、翌年春、アマリロ地区への転戦がきっかけで開眼する。

1974年3月4日、バックランドは同地区のゲートキーパー的存在だったミスター・レスリング（ゴードン・ネルソン）と対戦、勝利を収めた。

　ネルソンは各地区で飛び入りの一般ファン（マークス）を相手にしていた「陰の実力者」。後にアマリロで同じ役目を果たしたとされるバックランドに対する「査定」がアマリロ入り早々の一戦でなされたのかもしれない。

ネルソンのお眼鏡にかなった？バックランドは

3月9日テリー・ファンクを破ってウエスタン・ステーツ・ヘビー級選手権を奪取、同地区ゆかりのチャンピオン・ベルトを腰に巻く。

この実績を、ちょうど一年早くアマリロ入りした鶴田と比較してみたい。プロデビュー二ヶ月後の73年5月にファンク・ジュニアのNWA世界王座に挑戦した鶴田に対しバックランドは半年足らずのキャリアでテリーを降してシングル初戴冠。新人時代の二人の殊勲は甲乙つけ難い。

奇しくもその鶴田は、バックランドのアマリロ転戦に合わせるように74年3月から4月にかけ全米を短期間サーキット中で、アマリロ地区にも「里帰り」を果たした。

3月27日（ラボック）、28日（アマリロ）の二会場ではハンセン、鶴田、バックランドが揃い踏みしている。ファンク一家の若手三羽烏の如く喧伝された三人だが、実際には一同に会したのはこの時のみ。28日のアマリロ大会にはたまたま日本のベースボール・マガジン社が取材で来訪しており会場で日米の若手三人を見て「同期の桜」的な物語が紡がれた公算が高い。*1）

バックランドの話しに戻る。4月にはクリス・テイラーと引き分け、鶴田を降すなど、ミュンヘン五輪出場者と五分以上の星を残し、5月にはパット・オコーナーを破ってウエスタン・ステーツ王座を防衛。シングルマッチの対戦相手も、佐藤昭雄、スタン・ハンセン、カンフー・リー（グレート小鹿）、サイクロン・ニグロなど若手、ベテラン勢との試合を通じて経験値を上げたところで、7月には全日本のリングに初来日。メキシコ五輪に出場しフロリダ地区で「門番」を務めるボブ・ループやミル・マスカラスと組んで馬場、鶴田、デストロイヤー、高千穂らと対戦するなど、順調に試合経験を積んでいく。*2）

帰国後は短期のアマリロ、AWA地区を経由した後フロリダ地区にブッキングされ、日本でのパートナーだったボブ・ループ、ディック・スレーター、ダニー・ホッジ、ヒロ・マツダらと対戦。ここでも若手・中堅・ベテランとの試合がバランス良く組まれている。これはバックランドの強運というよりも、当時の米マット界の層の厚さ、充実ぶりのあらわれだろう。

年明けの1975年には、初来日から半年を経ずして全日プロの新春シリーズに再来日、次のエキサイトシリーズにも連続参加している。帰国後はフロリダ、ジョージア、AWAと全米の主要テリトリーを転戦。翌1976年には満を持してセントルイスに登場、キール・オーディトリアムで3月26日、4月23日と連続してミズーリ州選手権者ハーリー・レイスに挑戦する。4月の一戦で王座奪取に成功したバックランドは、NWAの総本山で一躍メインイベンターの仲間入りを果たした。

キール・オーディトリアムの主要な試合は8ミリで記録された映像が残っている。この一戦はレイスとのリターン・マッチ（ランバージャック・ルール）ミズーリ・ヘビーのベルトは11月にブリスコに敗れるまで半年以上保持、アル・ヘイズ、ロジャー・カービー、キラー・カール・クラップ、オックス・ベイカー、レイス（２回）らベテランのヒール勢を相手に６回の防衛を果たした。これらはWWWF王座戴冠に向けてのテストマッチを兼ねていたのか？

キールで行われたバックランドのもう一つの出世試合は、10月8日に時のNWA王者テリー・ファンクに挑戦した一戦だろう。六十分三本勝負で行われた試合は、テリーがワンフォールを奪った後　タイムアップとなるが、バックランドの善戦ぶりは日本でもゴング、プロレスの二大月刊誌で大きく報じられた。

一本目から目まぐるしく攻守が入れ替わる好試合となったテリー戦。持ち前のパワーに任せてチャンピオンを押しまくるバックランド。この試合も、最近Youtubeに動画がアップされ閲覧可能に。78年頃にこの映像が発掘されていれば、当時日本で開催されていた8ミリ大会の超目玉になっていたと思われる

テリーとの試合は、後年のレイスやフレアーらによるNWA戦に付きものだったスローテンポな展開が皆無の、白熱した好勝負であった。60分の攻防の中でアトミック・ドロップを３回繰り出す、といった「粗さ」は垣間見えたが、バックランドの試合ぶりは少なくとも日本のファンの好みには合っていたように思う。

当時のバックランドは27歳。テリーの後継として翌年NWA王座に就いていたら、ちょうどファンクジュニアと同年の28歳の若きチャンピオン誕生となり、その後のNWAの系譜も相当変わっていたことだろう。

実際NWA内部でもその話しは出ていたらしく、

次期王者候補リストには、ハーリー・レイス、ジャック・ブリスコと並んでバックランドの名前も入っていたという。*3）

新王者バックランドが実現しなかった理由の最たるものは、キャリア不足に加えレスラーとしてのキャラクターにあったとされる。確かにヒール役が不得手なことから、NWA王者として各地区のベビーフェイスを挑戦者に迎える、という従前のパターンを踏襲できないことは想定されるが、逆に旧態然としたプロレスの枠を超えるとしたら、この時思い切ってバックランドをチャンピオンにするという選択肢も「あり」だったのではないか。

ご存知の通り、実際にはテリーの後釜はハーリーレイスになった。1977年の時点で34歳だったレイスは前回（初戴冠時）の在位が57日という超短期に終わったこともあり、体力的にもピークを迎えたこの時期に、もう一花咲かせる意欲は十分。

　直近の数年間フロリダ、ジョージアの両地区でブッカーを務めたことから、エディ・グラハム、ジム・バーネットの二大プロモーターからのバックアップも得ており、地元のボブ・ガイゲル、サム・マソニックの覚えもめでたい、となればまず「当確」は間違いないところだったろう。

しかし「大本命」レイス本人の目線で見る限り、事態はそう楽観できるものでもなかったらしい。

レイスとしては、ブリスコにベルトを譲った後

しかるべき時期に獲り返すという「皮算用」が元々あったところに「伏兵」のテリーに先んじられてしまったという苦い思いがあった。*4）

この上ポスト・テリーの座も成就出来ないとなると、再びベルトを手にする機運は永遠に失われてしまう、という危機感に苛まれたとレイス本人が自伝の中で打ち明けている。

"次期王者を確定させるにはチャンピオン・コミッティー9人の委員の内、過半数の賛同がいる。

後から聞いたところでは、委員会の中でもやはり意見が割れていたらしい。その時委員ではないが飛び入りで一席ぶった大物プロモーターがいた。ビンス・マクマホン・シニアだ。彼の胸算用では次期王者はハーリー・レイス一択だった。スピーチが終わったあとで改めて採決を取ったところ、全会一致で俺に決まったそうだ"

（「King of the Ring: The Harley Race Story」）

なぜ、コミッティーの一員でもないマクマホン・シニアが力こぶを入れてレイスを推薦したのか？

マクマホンの「レイス推し」は実はニューヨークのチャンピオン選定とも密接に関わっていた節がある。　

当時のWWWFではブルーノ・サンマルチノの第二次政権が続いていたが、76年4月のスタン・ハンセン戦で首を負傷して以来、コンディションを大きく崩しており、マクマホンとしては早急に後継プランを準備する必要があった。　　

それまでのWWWFでは、サンマルチノ、ペドロ・モラレスら、特定のエスニック・グループの支持を得たレスラーが王座に就いてきたが、プロモーターのマクマホンは、王者交代を踏まえたこの機会に、ニューヨーク以外の東部地区全般を含めた多様なファンベースにアピールしたいと考えた。

"オール・アメリカン・ボーイ"を体現するような若きチャンピオンを登場させたい意向を胸に秘めたマクマホンはその人材候補をNWAに求め、サムマソニックに直々に会って相談する。

ミーティングの席でマソニックの口から、将来のWWWF王者として出た名前がボブ・バックランドであったという逸話は、過去に複数の媒体で触れられている。76年秋頃と思われるこの時期、同じ課題（次期王者の「人事」問題）に直面していたNWAとWWWFが、相互調停を重ねつつ適材適所を旨に答えを見出していったという事実は、数年後に両団体が辿った運命を思うと一層興味深い。

この時のバックランドは間違いなく人生の岐路にいた。それはレイスにしても同じであったろう。

更に言えば、NWAにとってもWWWFにとっても重大な選択の時であったはずである。いずれにしても、サイは投げられた。

東部地区に円満移籍したバックランドが、サンマルチノの次の王者だったビリー・グラハムを破り

WWWFベルトを手にしたのは1978年2月。前述の通り、ここから83年の暮れまで6年近くにわたるバックランド時代がスタートする。

全てのレスラーの憧れの的であるMSGのリングで　ベルトを手にした晴れ姿。後年、バックランドのスター性、カリスマ性を疑う意見が散発したが、当時の試合動画を観ると、観客席の熱狂が伝わってくる人気ぶりであった。ニューヨークで長期間王座を保持できたのは、プロとしての器量あればこそである

WWWF王座を戴冠した1978年、バックランドは　３回来日して猪木と防衛戦を重ねている。30代後半を迎えた猪木にとって、試合に緩急をつけたNWA スタイルではなく、疲れを知らず剛力で攻め立ててくるバックランドとの試合は、相当な負担となったことだろう。同じ年のペドロ・モラレス戦（脊椎を負傷）、秋のハードな欧州遠征と続いた1978年は、猪木にとって肉体的な苦難、試練の連続であった。

このタイミングでWWWF王座がビリー・グラハムから移動したことは、バックランドは勿論、新日プロにとっても朗報だったと言えるのではないか。パワーズ、シンら初期を支えた同年代ヒールとの抗争が一段落した後、ロビンソンとの対決が一回限りに終わった猪木にとって、ルスカ、アリ戦で口火を切った異種格闘技路線以外に、リング上でレスリングの攻防が見せられる新しいライバルの出現は不可欠であった。

テーズ、ゴッチ、ロビンソンといった本格派の実力者相手に猪木が新日マットで紡いできた"ストロング・スタイルの系譜"は、言ってみれば新日プロ旗揚げ時に標榜した「マニフェスト」の実践に相当する。この流れが、若きバックランドとの試合で繋がった意味合いは大きい。

もしもこの時期、猪木のWWWF王座挑戦、というよりもバックランドとの一連の試合がなかったら新日の風景はどうなっていたか？　

大巨人、ブレーキの壊れたダンプカー、獣戦車、超人といった大型のパワーファイターとの連戦がひたすら続けば、ファンも食傷気味だったに違いない。何よりも、そもそもなぜ新日を旗揚げしたのか？という「神話」に綻びが生じてしまう。

昭和の新日にとって、ある時期のバックランドは欠くべからざる登場人物の一人であったが、逆にバックランドの側から見ても一連の猪木との試合が日本におけるステイタスを確定させたことは言うまでもない。両者の間柄は典型的なウィンウィンの関係だったと言えよう。

昭和50年代のプロレス漫画の中で白眉といえる「一二の三四郎」（小林まこと）に登場するイギリスの若きホープ、ダン・ロビンソン。出身や苗字は人間風車を思わせるが、そのキャラクターや試合ぶりはバックランドに酷似。主人公の東三四郎の師匠筋にあたる桜五郎（上田馬之助似）の奥さんはアメリカ人で名前はコーキー。（バックランド夫人と同名）

互恵的関係にあったのは新日とバックランドだけではない。ビンス・マクマホン・シニアを含む三角関係についても同様であった。WWF会長にまでなった新間寿氏とシニアの信頼関係は有名だが、意外なのはバックランドとシニアの絆である。

　サンマルチノやハンセンなど、ニューヨークでメインを取ったレスラーの中には、シニアについて良く言わないケースが散見されるが、バックランドにはこれが全く見られない。

本人にとっては、NWAからWWWFへの転出には一片の悔いもないようで、マクマホン・シニアに

対する信頼感は一度も揺らがなかったと後年のインタビューでも断言していた。

米マット界の檜舞台であるMSGで何度もメインを張り、多くの観客を熱狂させた。バックランドにとってWWWF王者時代というのはレスラー生活のハイライトというよりも、集大成のようなものだったのだろう。

思えば正味十年強のキャリアの内、およそ半分を全米三大王者の一人たる「超新星」として輝いたのだから、プロレスラーとしてこれほど誇らしいことはあるまい。1976年の岐路は、バックランドを最も相応しい場所へ導いてくれたようである。

*1）この時アマリロで"三羽烏揃い踏み"を目にし

　　たベースボール・マガジン社のレポーターは

　　後に筑波大学教授となる森岡理右氏だったと

　　思われる。全日（馬場）シンパだった森岡

　　氏が鶴田を中心とした"アマリロ同期生"と

いう物語を作るのは、自然な流れだろう

*2）若手時代に上がった全日マットはバックラン

　　ドの肌に合ったようで、後年のインタビュー

　　で「オール・ジャパンは好きだった」とコメ

　　ントしている。

*3）G-Spirits Vol.57 NWA特集p28

　　（バックランド自身の証言として言及あり）

*4）同じくGスピ57号の佐藤昭雄インタビューに

　　おける証言。レイスは「ブリスコの次の王者

　　を決めるとき（レイスのビジネス・パート

　　ナーだった）ガイゲルもオコーナーも俺を推

　　してくれなかった」と佐藤にこぼしたという

実際、バックランドがプロのレスラーとして本格的に活動したのは、1973年のデビューからWWF王座を降りるまでのまる10年といったところだろう。キャリアの短さは異例と言っていいが、ニューヨークを拠点にチャンピオンを務めていた期間がその半分以上を占める、というのも又凄い。

NWAとWWWF（当時）のレスリングスタイル、ファンの嗜好は共に大きく異なり、両方の地区で成功するのは至難のワザの如くに思われていたが

それを成し遂げたのがボブ・バックランドだった

ビンス・マクマホン（シニア）との信頼関係に

一度もヒビが入らなかったことにも注目したい

サンマルチノ、ハンセンの証言とは異なるビンス・シニアの人間性が浮かび上がってくる。